KIKO &DEKOの50歳からのeveryday

50代からの毎日幸せに生きるための羅針盤

?なブログ

11月1日と言うのは色々と来年に向けての準備の日程であるものが多くて例えば願書提出とか年賀状とか。そんな日付は私がまた歳を1つ重ねるそんな日でもあるのです。

 

今日は仕事も休みで、いつもに増してなんだか何もする気がしない、いや何もしないでいいと言う公の理由があるので堂々とぼーっとしても良い日であるから。

 

いつもブログを書くときはiPadBluetoothでキーボードをつけて書いている。最近これが調子が悪くてなんだかブログを書くのを億劫だなと思ってしまうというのもある。今は音声入力で書いている。大きな独り言を言う時間と言うのも、なかなか1人きりになる時間がないと言う事なんだな。例えばすきま時間がたくさんあっても壁1つ挟んだところに人がいるならば、やはり大きな独り言はちょっと無理がある。

 

 

 1人きりになる時間がないと言う事は基本寂しがり屋な私にとっては不幸ではないことであるのだとは思う。それに気付けていると言う事はこれも誕生日のプレゼントだと思うことにしてみよう。

 

これまでの私の50年の人生は、何もない時間はもったいなくて自分に能力がないように感じて、貧乏性。大きな転換期を迎え私は、落ちるような感覚のところからどうにか這い上がるためにヨガを始めて瞑想と言う何もしない耳がキーンとするような静けさがとても気持ちいいと言う感覚を初めて実感することができるようになった。

 

 

私は子供の頃から本を読むのがとても好きなので、文章書くのも好きだったのだけれども小学生の頃、担任の先生が11月と言うタイトルで作文を書くと言う課題を出したときに私は結構これはなかなかな出来だと思っていたものだけど、点数は良くなくて友達は良い作品だとみんなの前で発表された。

 

彼女の文章と言うのはとても情感的で秋の空気や色やそういったものが読み手や聞き手にの脳裏に鮮明に描くことを表現できているそんな作文で、彼女は小学生の割には少しおませな大人びたような人であったけれど、私はこのブログでもいつもそうなんだけど、いつも1人称で自分のことを掘り下げてしまうようなそんな文章ばかりを書いてしまって、読んでる人の事なんかはお構いなしで自己満足の独りよがりの文章であることに気づいていなくて、それは読んでる人も面白いわけないし、ブログのアクセスを少ないのも当たり前なのかもしれない。

テレビを見ていたら 14歳の小説家と話題になっている女の子が、書くときに読む人がわかりやすいようなものを心がけていると、そう話していた。これはものを書くと言う事の基本中の基本なのだと幼い少女からからもダメ出しをテレビを通してされてしまっている。

 

などとしょげていたら、NHKで芸人小説家の又吉さんが、国語の授業で教師から作文と言うものは、読み手が頭に情景を浮かべられるようなそんな文章が良いとあまり良い成績がもらえなかったといったようなことを話していた。しかし僕は自分の思いを深く深く深く掘り下げて追求して書くことが悪いとは思わないといったようなそんな話をしていた。

私は、そうでしょうそうなのでしょうと思わずうなずいてしまった。

 

ブログって、大体みんな1度はなんだろなーなんなんだろうなぁ、そんな風に思う瞬間があると思う。

 

けれどそんな私も頭のスッキリしている時は、ブログは自分のいいところはどこだろう、自分の売りは何なんだろう、そんなことを自問自答するにはとても良い場所だと思う。

 SEO対策とかキーワードとか検索順位とか、人とかぶらない競争がないそんな自分のマニアックな何かってなんだろうなぁとしきりに自分の中をかき回して探し回るのもポジティブに考えれば悪いものではない。

 

ブログを始めてしばらく時が経ったけど、なかなか他の人とはちょっと違う特別な何かはなかなか見つからなくて、自分がすごく平凡な何もない人間だとがっかりすることばかりだけれど、それはとりあえず世の中で流れに乗ってそれなりに過ごせていると言う、これもとてもありがたいことなんだと言う事なんだと思う。?なブログ。

 

ありきたりなんだけれども、唯一無二の自分なのだから自分の発信している事の全てがオリジナルであると言うことなのならたとえ何を書こうかそれは自分の思うがまま。これを見失ってしまうとブログはやっぱりつまらなくなってしまう。

 

勤めているお店の売り上げとか考えると、本当に商売というものは難しいものだなぁ。中身がいくらいいもの売っていても人の目につかなくては売れない。営業や広報はとても大事だ。少し何かの流れに乗って話題になりマスコミなどに取り上げられれば一躍人気店。しかし埋もれるほど数多い中で切磋琢磨取り上げられるのは簡単ではない。

なのでブログで人気になって収益をたくさん得るとか、それを批判するとかそんな幼稚な事は全く思っていない。これができているブログと言うのはただ本当に凄いのだと思う。

ゴッホなどの芸術家が生きてるうちには全く評価されず、時の経過を経て少しスポットの当たり方が角度が違った時に全く別の評価になってしまうといったような正解とか不正解とか。

 

そして私のこのブログは何も外的に宣伝もせずネット空間に漂うゴミのように浮遊して、誰にも読まれずひっそりとここにあるのも悪くはないと思うけど、ただただもう少しまだ模索してみて自分探しをするのも夢があって悪くは無い。やっぱり人間は夢があった方がそれはいい。