KIKO &DEKOの50歳からのeveryday

50代からの毎日幸せに生きるための羅針盤

二足の草鞋のススメ・今いる世界が全てと思う錯覚

 

私、しごと。

1、父親に行きたい大学を反対され、結局無理やり受けさせたれたレベル上の大学に落ちてコネである共済組合に入職して、そこで「ここは私の居場所じゃない」と病んで少し鬱々として引きこもった時期(数ヶ月)あり。その後、また一年、自分で探した転職先で一年働き、自分で貯めたお金で専門学校へ行く。コネでいた所は金融だったので高収入で安定していた所だったけど、自分の中での職歴としては認めていない。 

 

2、結婚後は、それまでデザイン関係の仕事を社員でしていたのをパートにしてもらい、その後在宅勤務へ。外注と言うのは「とりあえず言われたものを納期までに上げる」だけで、どんなものが出来上がったのかを知ることはない。修正があればその箇所を数ミリ単位で指示どおり直したりするだけで(お金だけの事をいえば割はいい)肝心のモノづくりの面白さの部分は失うんだという事が分かって、あまり魅力を感じなくなる。それに仕事がある時と無い時が差がありすぎて待機待ち期間収入のさも精神的に辛い。

3、子供が産まれてからもしばらくしてから、外注の仕事を再開。しかし子供がアレルギー性皮膚炎、喘息、扁桃腺炎があって、納期の呪縛が精神的に辛くて、時間で働ける近所の飲食のパートを始める。ここは9時〜14時で上がれるし、子供が病気の時に休めるのがなりよりで結局13年も勤めた。

 再び社会に出て家庭は社会の縮図であると実感

外注の時は、一人で仕事をしていたし、受注先も自分がそれまで仕事を教えてきた後輩だったので、飲食のパートでも仕事は久しぶりの新しく覚える仕事だった。

このパートを始めたのは下の子が4歳くらいだったので、随分と母子密着の時間が長く、子育ても悶々としていた頃だったのだけれど、気づきと発見があった。

初めてする仕事を覚えるのは大変。失敗、怒られる。 

 

子供に「なんでできないの!」イライラとしてしまう事。今の自分はその状況だとの気づき。

子供に怒ってばっかりの母親の自分が、怒られる立場になってみて初めては、うまくできない」事に気づく。

 

ひとつの世界で暮らしていると、その世界が全てだと錯覚してしまう

子育てと言うのは、命を守る、人1人の人生への責任をおう、うまくできないと毒親扱いされて、子供に「私の人生を台無しにされた」と終生恨みの対象扱いされてしまう大変重い任務。いつも書いているけど、24時間勤務いっときも気の抜けない激務。

 

うちの旦那さんは、バブル期売り手市場に乗って大手企業でもう30年働いている。

何だかんだクソ親父とブログでディスる毎日ですが、よく耐えて働きづつけていると感謝と関心の気持ちもちゃんと持ち合わせてはいる。

ただこれは日本人特有なのかもしれないけど、世界観があまりに狭すぎて、この人は定年したらどうするのだろうと今から思いやられる気持ちにはなる。会社で過ごす時間が長すぎる事が何より問題なのかなぁ・・他の職場に比べたら有給消化率も高いし。ただ本人に何かする気がない事が問題な気もするけど。

 自分の命を差出せるか

乳がんのブログや掲示板でで、妊活中に乳がんになった方と数人と交流した。

 

若年がん患者の妊孕性の温存|小児・若年がん長期生存者に対する妊孕性のエビデンスと生殖医療ネットワーク構築に関する研究

 ホルモン治療を2年で中断して、妊娠出産をしその後、またホルモン治療再開したいとお話しを伺い、現実にされてる人のブログも見かける。

自分だったら、どうしただろうか・・と考える事がある。もし自分の娘がいたら治療に専念するように説得はするだろうなとは思う。

 

自分の子供への生体肝移植をした友人がいる。これは自分でも子供が助かるのなら多分迷わずすると思う。子供産む事がゴールではなく、それからが戦場だと言うこともわかる。

 ガンの治療は、自分で決断しなくてはいけない事がこんなに多いのだと、なってみて初めて知る驚きがあって、掲示板でも裁判官と被告人に同時にならなくてはいけない気分だというはなしがよくあがる。

 

命の決断の重さに比べたら、仕事の決断の重さはどうだろう。

 仕事の決断は命の決断より重いわけはないと思う。

もしこう思えていまっているのなら、それはひとつの世界しか見えなくなってしまってる錯覚。

毎日会社に長い時間いると、その世界観が全てに思えてしまうことがあると思う。

特に経験値の浅い若い人のブログや、ハードワークで鬱になった人のブログに出会った時に思う。

 

もし二足の草鞋がはけたなら、ふとものを斜めに見てみたら。

そんな気づきもあるかもしれない。現実には綺麗事は通じないと反論もあるかもしれない。でも最終的には、精神の崩壊はお金の崩壊へも直結しているのだから。

 

二足の草鞋は、ダブルワークの話ではなくて価値観の話。

違う環境の人と話をしてみる。自分のいる全ての価値観は当たり前のことではなかったんだと気づくことができたのなら、人生はいろいろ可能性があって面白いなと思えるかもしれない。

iitenkidanaa.hateblo.jp