KIKO &DEKOの50歳からのeveryday

50代からの毎日幸せに生きるための羅針盤

人のブログを読んでわーん!わーん!と泣いた話

大人になると、

特に男の大人の人って、

声をあげて泣く機会ってあるのでしょうか?

 

子供の頃は、転ぶ機会が多かったりして泣いて、

でも大人になると、転んでも我慢して泣きはしないですよね、涙はこぼれても。

 

叱られても泣き、ゲームで負けて悔しくても泣き、

 

子供が泣くのは、感情をそのまま。

 

女性の方が泣いても違和感は少ないかもしれませんが、

 

ドラマや映画を観て、ポロポロと涙を流すと言った感じ。

 

大人になると、泣くのが難しくなるのはなぜでしょう。

 

放射線治療の後、結局13年勤めていたパートの仕事を辞めることにして、

専業主婦になろうと家にいました。

 

家の片付けをしようと、ミニマリストブログを見はじめました。

 

その時に出会ったのが、

sayoslife.jp

sayoslife.jp

 

出版もされていて、お片づけブログでは有名な方なんでしょうが、

これまでわたしは、ミニマリストブログは読んだことはなかったですから。

 

人には片付けを、それは普通の片付けではなく、

大改革的な大片付け。

それには動機付けなるものがある場合が多いんですね。

 

この方もその一人で、

亡くなられたお子さんのものを片付けて行く様子を読み進めていくうちに、

 

おーい!おーい!と泣いている自分に驚きました。

 

人のブログを読んでこんなに大泣きするなんて。

 

 

ブログは日記形式だから、日々の記録的要素がある。

1日にしてあらずの毎日の少しづつの心の変化の記録。

 

子供みたいに、わーん!わーん!と泣いたら、

すっきりしている自分がいて、

 

あ〜こんな風に、子供みたいに、

 

毎回泣きたい時に、大泣きできたら、鬱の人は治るんじゃないかなとそう思った。

 

勿論、一回や、数回、こうやって大泣きすることがあって、

ケロリと「はい、治りました」勿論そんな単純なことではない。

 

でも、もっと自分の心の単純さを優先したら、

 

それは子供みたいに、自我を張ったり、

地面に転がって足をバタバタさせたり、

 

嫌なことはいやだ〜!と泣き叫んだり。

 

もしそんな人が目の前にいたとしたら、

「大人なのにみっともない」

 

理性のタガが外れた酔っ払いくらいでしょうか。

 

本当は単純なものなのかも、感情って。

 

抑制と、我慢と、常識と、配慮とか、

 

いろいろなものにがんじがらめで、声をあげてなくことができなくなってしまった、

「大人」

 

アダルトチルドレンて聞いたことはあったですが、

意味を知ったのは、最近の事でした。

 

え〜?そういう意味だったの?じゃあ私当てはまるかも?

 

人の前では、超理性的な常識人に見えるように行動していると思います。

いわゆる「外面がいい」ですね。

 

悲しいことがあったのだから、泣きたかったのですよ。

 

小泣きはしてたけど、大泣きをするタイミングって意外とないのかも。

 

大泣きにはスイッチが必要なんですよね。

 

笑う事はいい!のは分かってます。

 

人生は泣きたい事の方が多いのに、

大泣きは意外と難しいのですよね。